授業は2コマ。空き時間は教材研究など。午後の空き時間はなんかもうだるくてしばらく何も手をつけられず。それでも6時間目の授業前には気力を振り絞る。
放課後、各教室のプロジェクターに、自分のスマホにインストールしたアプリを使って画像を送信できるか試してみた。お、できたぞう。これでノートパソコンを持ちこんでケーブルでつないでという面倒なことはせんですむ、はず。
退出するころには雨はほとんどやんでいた。
今日は早く帰れた。追っかけ再生でプロ野球「ファイターズ-タイガース」戦を見る。今日の中継はテレビ大阪。解説は矢野さん。またまた1-0という僅差での勝利。大山の先制ホームランがそのまま決勝打に。カープ戦では森下と佐藤輝がホームラン。そして今日は大山。「日刊スポーツ」命名の「森大佐」(他のスポーツ紙は使うてへんなあ)が打つとタイガースは勝ちますねん。
元横綱白鵬の宮城野親方が相撲協会を離れることが正式に決まる。これについては稿を改めて書くことにしよう。
元プロ野球選手、監督の長嶋茂雄さんの訃報 に接する。享年89。死因は肺炎。
実は私は長嶋さんにも王さんにも思い入れはないのです。江夏さんや田淵さんにはいろいろな思いがあって、きっとこの日記では書き切れんくらいの分量になると思う。虎党となるべく教育された私にとっては、長嶋さんや王さんはにっくき敵であったのですからね。
長嶋という人で思うのは、独特の言語感覚を持った人で、使い方は明らかにおかしいのに、使い勝手がよくて野球関係の人たち普通に使うようになる。例えば、「貯金」と「借金」。チームの勝敗の勝ち越しと負け越しの数をそう表現した。「貯金」や「借金」なら利息が付きそうなものやけどねえ。例えば「勝利の方程式」。勝ちパターンの継投をこう呼んだんやけれど、方程式というなら解を出さんならんでしょうが。方程式だつくって、それを解かんと「勝利」という解だけ求めるのは変やないですか。例えば「国民的行事」。最終戦で勝った方が優勝というドラゴンズ戦のことをこう呼んだ。行事やったら毎年決まったときに必ずやることになるでしょう。毎年最終戦で優勝が決まるようになると言いたかったのか。
まあ「カンピューター」なんて呼ばれていた人なんで、言葉の意味は厳密でなくてもよかったんやろうけれど、こういう感覚的に発せられた変な用語が一般的に定着してしまうのは、なあ。
あとは晩年、ジャイアンツにいいように利用されていたようにしか見えなんだのも印象に残る。車椅子やら杖やらがないと歩行もおぼつかん人に、若い者を指導させたりするかよ。本人は機嫌ようやっているんかもしれんけれど、ジャイアンツはいつまで長嶋さんに頼ってるわけ? それやったら廣岡達朗さんを呼んで、根本的なところから叩き込んでもらうべきでしょうが。廣岡さんはまだお元気なんやから。
球界のスーパースターとしての長嶋茂雄よりも、変な用語を造語し、よその四番打者をFAでかっさらったりよその主力の外国人選手をかっさらったりして喜んでいた困った人というのが、私の長嶋観なのです。あ、「ジャイアンツは優勝を宿命づけられている」というのもあったか。おっと、これは原辰徳さんやったっけ。「宿命」というなら、毎年優勝することに決まっているという意味になる。ここは「使命」というべきでしょう。
謹んで哀悼の意を表します。
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神戸新聞まで1面で大きく取り上げ多くの誌面を割いてます。
長嶋氏を「国民的英雄」というのなら、私は、その「国民」の中に入れてもらいとうないですね。
そのうち、読売が将来にできる巨人の新本拠地のわきに長嶋神社でも建立するのではないでしょうか。
長嶋氏が観戦にくると、「長嶋終身名誉監督のご臨席を賜り」長嶋は天皇陛下かいなとおもいました。
あの天覧ホームランにしても村山さんは死ぬまで「あれはファールだ」とおっしゃってたとか。
長嶋氏は、阪神タイガースの対戦しての過去の一選手なだけです。
長嶋氏さえいなければ、清原和博は吉田義男さんのもとでタイガースの四番打者として、チームの柱になってくれていたことでしょう。長嶋がいなければ、各チームの四番打者たちはジャイアンツで泥まみれにならずにすんだことでしょう。「巨人VS.落合」という本ではなぜか長嶋氏だけのことには触れられず聖域に置いていたのが気になりました。
彼は決して「ミスタープロ野球」ではなかったというのが、「勝っても負けても虎命」の虎党である私の思いです。